キリストの降誕 Nativity, the birth of Jesus

ベツレヘムの馬小屋で生まれた神の子イエス・キリスト

ルカ福音書2章によれば、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス(Augustus/在位:紀元前27年 - 紀元14年)により、全領土の人口調査のため住民登録をせよとの勅令が出された。

人々はみな皇帝アウグストゥスの勅令に従い、それぞれ自分の町へ帰っていった。マリア(聖母マリア)の夫ヨセフもダヴィデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダヴィデの町へ上って行った。

天使から受胎告知を受けていたマリアは、この時すでに身ごもっていた。マリアと婚約したヨセフは、二人でいっしょに住民登録するためにダヴィデの町へ向かった。

ところが、マリアとヨセフがベツレヘムに滞在している間に、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

(参照:ルカ福音書2章1-7節)

絵画作品の解説

上の絵画は、17世紀オランダの画家ヘラルト・ファン・ホントホルスト(Gerard van Honthorst/ 1592-1656)による1622年の作品「Adoration of the Shepherds」。

飼い葉おけの中でまばゆい威光を放つ幼子イエスと、慈愛に満ち溢れた表情で幼子を見つめる聖母マリア、夫ヨセフ、そして向かって左側には御使いのお告げによりかけつけた羊飼いたちの礼賛の様子が描かれている。

羊飼いへの告知 見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを

なぜ聖人ルカは皇帝アウグストゥスに言及したのか?

武力による支配でローマの平和「パクス・ロマーナ(Pax Romana)」を実現したローマ帝国の初代皇帝アウグストゥス。

数々の内乱を収め、すべての戦争を終わらせることで平和をもたらした「救い主」として、数々の輝かしい業績を残した。

カレンダーの月の名前には、ローマ神話の神ヤヌス(1月)、フェブルウス(2月)、マルス(3月)、アフロディテ(アプロディテ/4月)などが名を連ねるが、8月(August)はアウグストゥス(Augustus)に由来する名称であり、ローマ神話の神々にも肩を並べるほどの神格化がなされた当時の名声の高さが伺える。

単なる場面転換や前置き?

皇帝アウグストゥスの名前は、上述のとおり、ルカ福音書において「住民登録の勅令」という政治的・行政的なイベントに関連して言及される。

この点、確かに、時の皇帝がストーリーに登場することそれ自体は何ら不思議な事ではないのだが、一文一文が重要な意味を持つ福音書において、単なる場面転換や前置き的に著名人を登場させたとも考えにくい。

一体なぜ、福音記者の聖人ルカは、皇帝アウグストゥスによる住民登録の勅令という行政的なイベントに言及する必要があったのだろうか?これには大きく分けて二つの理由があるように思われる。

力による救いと愛による救い

一つは、武力による平和「パクス・ロマーナ」を実現した皇帝の名前を出すことで、愛による神の平和をもたらすイエス・キリストの救いがより強調され、聖書の読者に対比して印象付けようとしたのではないだろうか?

人々に力で救いと平和を与えた皇帝アウグストゥスに対し、愛と霊的な救いで神の平和をもたらした主イエス。軍隊を持ち、都市を整備し、勅令と言う権力を行使できる「力による救い主」皇帝アウグストゥスを引き合いに出すことにより、神の子イエスの救いとはどういったものなのかを改めて人々に考えさせる一つの契機として、聖書の物語における重要なシンボルの一つとなっているように感じられる。

ダヴィデの血筋 メシヤとしての正当性

もう一つの理由は、人口調査・住民登録のイベントを組み込むことで、話の流れで父ヨセフの故郷をベツレヘムと主張でき、ヨセフの家がダヴィデの血筋にかかわることを暗に示すことができるメリットが考えられる。

この点について、宮城学院女子大学名誉教授の山形孝夫氏は、著書「図説 聖書物語 新約篇」の中で、E・ルナンの著書「イエスの生涯」(人文書院)に触れて次のように述べている。

「ルナンなどからすると、これはルカ記者の見え透いた、もっともらしいこじつけで、単なるつじつま合わせにすぎないという。それは、ヨセフを遮二無二、名門ダヴィデの家系に位置付けることによって、イエスのメシヤとしての正当性を高めるための仕掛けである」

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